風吏のつぶやき

お弁当

Gがお弁当を持って相談室に通うのは2年数ヶ月ぶりです。配偶者が事故に遭ったり、母の介護のため稚内を離れたり、Gの入院、退院後も午前中の勤務が続いていたからです。

今日はG好みのお弁当でした。(3/23)

ご飯が足りなくって?「お稲荷さん」+2個。細く刻んだ「きんぴら」、マカロニのようなペンネ(penne)の「サラダ」はお裾分け、サラノバとミニトマトの付合せ。「カスベの煮物」に塘路湖の「ワカサギの佃煮」が一緒は珍しい。「カブの漬け物」は山形産の絶品。<写真を撮る程うれしかった!?>

 

『ワォ~ンワンワン(また逢いましょう)』

「風吏のつぶやきpart 2」は次のアドレスです。

http://furi5134.jugem.jp/ 2012/3/28

 

年度末、締めくくりが近いの?

『「コミックス」という言葉はいつ頃から使われるようになったのかな?』とGがつぶやいています。

Gも漫画を読みます。

「黒柴のコタ君」が登場するこの連載は欠かさず読んでいます。今週は2011年4月2日の福島が舞台です。

<リハビリテーションとは全人間的復権。リハビリテーション医学は内からの自己決定能力を高める事で復権を実現するという任務をもっている。>

例の「特別支援教育大事典」のその項を繰り返し読んでいます。

Gの配偶者からは『…ストレッチや筋トレでしょ!』と言われています。

『ワォ~ンワンワン(私もそう思います。)』

 

3月末で「風吏のつぶやき」を閉じるようです。

長い間お付き合い頂いた皆さん、ありがとうございました。

後日、連絡先をお伝えします。

流氷のぶつきらぼうと接岸す(藤林正則)

『ワォ~ンワンワン(凄イ流氷!)』

稚内では11年ぶりの接岸だそうです。前浜とフェリーターミナルに見に行きました。『枝幸が懐かし〜い』と顔に書いてあるGとのツーショットも久しぶり。

表題の俳句は枝幸小学校で大変お世話になった、藤林さんの息子さんの作品です。『…「ぶつきらぼう」が枝幸の流氷と藤林さんの人柄を愛おしく思い出させる。』とGはつぶやいています。

気分よく帰って来たのに、下のニュース知ってうかない顔が続いています。

 

米美術館、福島だけ貸し出し拒否 ベン・シャーン巡回展

 米国で活躍し、核の問題や戦争、貧困などをテーマにした作品を残した画家ベン・シャーンの国内巡回展のうち、6月から開催を予定している福島県立美術館(福島市)に対し、米国の美術館7館が所蔵作品の貸し出しをとりやめていたことがわかった。東京電力福島第一原発事故による放射能への不安などが理由だという。 県立美術館はこれらを除いた国内の所蔵作品のみで展覧会を開催するが、同館は「シャーンは核の問題に関心があった画家だからこそ、今の福島でたくさんの作品を見てもらえないのは残念」と話している。

 シャーン(1898〜1969年)はリトアニア生まれ。絵画のほか、写真や版画なども残した。県立美術館は、1954年の米国の水爆実験で漁船「第五福竜丸」の乗組員が被曝(ひばく)した問題を題材にした「ラッキードラゴン」シリーズの一部を所蔵している。死の灰を浴びた男性が「私は被曝のために死にました」と書いた紙を手に、ベッドに座る姿を描いた作品だ。

 こんなのも見つけました。 

「福島県立美術館への絵画貸出拒否」*への抗議を、和合亮一さんがTwitterで詩に表して表明しました。

米美術館、福島だけ貸し出し拒否 ベン・シャーン巡回展(朝日新聞)

   ベン・シャーンよ、あなたは、何を想う。あなたの手がけた絵が、福島に届けられないのだ。私は悔しい。ベン・シャーンよ。あなたは、何を想う。私は、悔しい。
 





「米美術館 原発の状況考慮」。米国の美術館7館が所蔵作品69点出品停止。あまりに悔しくて、指が震えてキーが打てない。







ベン・シャーンよ、あなたの精神はこのようにもあなたの精神の外に置かれている。人間とはかくも恐ろしい。芸術すら殺されていく。 
 



   私は6月に福島県立美術館の展示室で、あなたの絵に再会するのを、葉山で会った全てのあなたの真顔と横顔に会うことをずっと心待ちにしていたのだ。 



あなたが裏切ったのか。あなたの絵が裏切ったのか。あなたの未来が 私たちを裏切ったのか。ひどいじゃないか、私は涙と指の震えが止まらない。 







いや、ベン・シャーンには何の罪もない。ならば問う、なぜベン・シャーンの全ての絵が福島には来ないのか。ベン・シャーンの精神性こそが福島とそれをめぐる時間に最も必要なことだ。  
 



 風は裏切るか。空は裏切るか。海は裏切るか。雲は裏切るか。裏切らない。ベン・シャーンが描いた 風は 空は 海は 雲は 人は 街並みは 愛は 強さは 悲しみは 心は 慈しみは 人生は 正しさは 誠実さは 子どもたちの 髪の分かれ目は 路地裏の風は 約束は裏切らない。 

  なぜだ。なぜ、福島の私たちに「ベン・シャーン」の全てを与えてくれないのか。この世に芸術は存在しないのか。正義は存在しないのか。私たちは存在しないのか。悔しい。  



奪わないで欲しい。私たちから「ベン・シャーン」を。

 

 朝日新聞デジタル:米美術館、福島だけ貸し出し拒否 ベン・シャーン巡回展 http://t.co/085pyJwDwago2828 2012/02/26 09:21:48 





 

今日は3月11日です。

どんな1日にするか、Gは色々考えていたようですが、その一つが私とのお出かけでした。難しい顔もしているけれど…。

 

『ワンワンワォ〜ン ワン(私は、嬉し〜イ)』

雪原に生きる

Gと久しぶりにお出かけしました。(車の運転は「奥様」にお願いしてネ)

6ヶ月ぶりに「アトリエ華」と「I先生の家」に行って、私は雪の中を思いっきり走って来ました。

寒い中、写真をとってくれました。が、出来は感心しかねます。 

Gは生徒と歌った「雪原に生きる〜きたきつねにおもう〜」を思い出していました。<私はキタキツネではありません。近所の女の子に「きつね?」と聞かれた事はありましたが…>

北の果ての 凍てつく大地に

雪をあびて 耐えている命

おまえはどこまでも 雪原の中を

ひたすら かけて行く

わずかな 餌(え)を求め

はるか空へ ほえ続けながら

 

風と雪の 銀色の大地に

草も萌えず 空は鉛色

おまえは生きている 孤独な日々を

吹き荒れる 吹雪にも

目を閉じて 耐えている

春の空を 待ちわびながら 今日も

 

「アトリエ華と雪景色」には朱鷺と朱雀も連れて行きたかったようですが、叶わなかったのが残念そうでした。

I先生のログハウス」では、相変わらず「語らって」いました。

『ワォ~ン ワンワン (また、連れて行ってね~)』

ビキニデー

『ワン、ワォ~ン(三月で~す)』

3月1日、Gは「深呼吸で仕切り直し」だって!「風邪の二月」だったから?肯けます。

「3・1 ビキニデー」

<米国が1954年にビキニ環礁で行った水爆実験から58年の3月1日、被災漁船「第五福竜丸」の母港、静岡県焼津市で「3・1ビキニデー集会」が開かれました。核兵器廃絶、福島原発事故被害の根絶と原発からの撤退などを掲げて、草の根で行動を拡げるアッピールを採択しました。>

その3月1日に待っていた「本」が届き、Gは喜んでいます。

ベン・シャーンの展覧会カタログです。

NHK教育「新日曜美術館」のベン・シャーン特集は録画していました。

神奈川県立近代美術館(葉山)、名古屋市美術館、岡山県立美術館、そして福島県立美術館での公開です。主催者の挨拶に続いて福島県立美術館長が書いている『ベン・シャーン展に寄せて~「フクシマ」から』を繰り返し読んでいます。

「ラッキードラゴン」シリーズ。<「第五福竜丸」は、アメリカでは「ラッキードラゴン」と訳された。>

言いたいことが沢山ありそうで、『3月25日までやってるんなら、名古屋に観に行くかい?』と配偶者にからかわれています。

『ワォ~ン ワンワン (ホントに行く気になったらどうするつもりなんだろう)』

 

娘の長男

『ワン ワォ~ン(風邪は大丈夫)』

 

風邪が流行っていますが、皆さんは如何ですか。

Gの家族5人全員が罹患しました。

私まで1日お腹の具合が悪かった程です。

やっと外で遊べるようになった、Gの「娘の長男」と雪だるまたちです。

 

日に何度か「注意」や「叱責」を受ける「娘の長男」を見て考えているGです。

「なぜ子どもが叱られるのか」

「子どもが過失や不正をはたらくと言うのか」

「赦される存在の子どもが脅えていないか」

「子どもの自己肯定感・アイデンティティを育てたい」

「子どもが人間<過ちの中に学びがある>らしく育つ環境が無くなっている」「人間は<艱難は忍耐を 忍耐は練達を 練達は希望を生む>シンプルな環境を求めていないか?」(「ローマ人への手紙」の意味合いは別に在り)

 

若いGは「オッカナイ、恐ろしい」「怖い」「難しい、分け判らない」と呼ばれていた事を悔いているようです。

『怒らないで育てろ』と娘には言いますが、厳しい反論に遭います。

『お前が頑張っている事はよく分かっている』と付け足しますが。

 

『ワォ~ン ワワン(私はあまり怒られないワ)』

 

『何か』ってなあに?

『ワン ワォ~ン(めんこいな〜)』

 

Gの「娘の次男」とツーショット。

名は朱雀。「すざく」と呼びます。

彼は「スーちゃん」、私は「フーちゃん」。

因みに長男は朱鷺、「とき」です。

私とGは『ふーむ…朱鷺、朱雀、ふーむ…』と首を傾げています。

Gは元同僚から「ロシナンテス」のカレンダーを送って頂きました。

「ロシナンテス」はスーダンの医療問題の解決をはじめ、交流事業・母子保健事業・スポーツ事業・衛生事業などを展開し、震災復興事業にも取り組んでいます。との事です。

「日本には何でもあるけど『何か』がない。

スーダンには何もないけど『何か』がある。」

Gはカンボジャで感じた事と重なることばだと思っているようです。

そして、『…しかし、問題は日本にもあり、…世界史的にも経験の無い困難であり…「ささやかな光」に希望を託す事業なんだ。…』とつぶやいています。

 

「真理がわれわれを自由にするという確信に立って、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される」(「国立国会図書館法・前文」より1948年)を読んで頷いています。

 

『ワォ~ンワンワン(子どもたちに気を使ってます)』

 

顔の体操?

『ワンワン ワン(変な話!?)』

 

「“笑い”がもたらす健康効果」が話題になってしばらく時が立っています。

皆さん、笑っていますか?

ははは、ひひひ、フフフ、へへへ、ほほほ…

私は笑わないワ。「笑えること」が無い、世の中だから!

 

毎朝、Gは鏡に向かって「変な顔」を映しています。

舌を出したり引っ込めたり、唇の周りをグルングルン舐めたり。口と目を大きく開けて〜「クシャおじさん」(分かるかなぁ、私は知らなかったワ)。

額や頬のマッサージもしています。

何だろうと思って見ていると、『右目がきちんと閉じなかったり、右側の唇から食べ物や飲み物をこぼすからねぇ』とのことでした。

Gは「口と目を大きく開けて〜」

の自分の顔を見て、思い出してい

る絵があるそうです。

ゴヤの「我が子を喰らうサトゥル

ヌス」とムンクの「叫び」だって。

「“笑い”がもたらす健康効果」

の話じゃ無いの。

 

『ワォ~ンワン(好きにして)』。

雪とはな

『ワォ~ンワンワン(凄い雪ですね!)』

 

ふかふかした雪は大好きですが、散歩のコースが全てと言うのはチョット疲れます。朝、足跡もない雪原を先になり後になり小1時間歩くのが続いています。

Gの配偶者も『…誰が飼うと言い出したんだっけ…』などと零しています。

 

「カレーパンマン」のお気に入りおやつバック。散歩から帰って、おやつを入れて貰って、1•5センチくらい開いているファスナーをこじ開けるのを楽しみにしています。中身をゲットした後はこのポーズです。

Gは退院してから1週間になります。

家では歩行と筋トレ・ストレッチをやっています。火曜日は訪問リハビリ(40分)、木曜日と土曜日は通所リハビリで入浴・昼食・言語と理学療法のサービスを受け始めました。古いお知り合いの利用者とも会って『…この病気と後遺症の実態、改善と生活の肯定的持続的工夫について理解が深まった…』と言っています。

「退院おめでとう…新たな困難にも果敢に向き合って行かれますように…」とお花が届きました。

 

『ワォ~ンワン(私も頑張ります)』。

 

今年もヨロシクお願い!

『ワンワォ~ン(遅くなって失礼)』

 

恥ずかしいけど『新年明けましておめでとうございます』。

 

Gが年末年始、帰宅しました。家の中を杖を突いてグルグル歩き、畳に寝転がって筋トレをしていました。PCのメールや「Lちゃんのブログ(私も写ってる)」を見ていました。

私と遊ばないで、お友達と「マージャン」なんかしちゃってサ、何を考えているのかと思ったワ!片手で出来るゲームなんだって。リハビリだなんて嘘でしょ。

 

遅ればせながら「お勉強」だと言って「脳がよみがえる~脳卒中・リハビリ革命~」を読み出した、Gです。

<脳はいつも、ほめられたがっているのです。これは脳が自らをよりよいものとして作り上げていくために持つ、とても基本的なシステムです。私たちが調べる限り、国籍や人種、文化にかかわらず同じシステムを、私たちの脳は持っています。

しかし、自分で自分の変化に気づき、達成感を得るということはあまりにも難しいことです。だからこそ、周囲の助けが必要なのです。その人の成長を見つめ、よりよい方向に行ったときにそれに気づき、ほめてくれる人が必要なのです。~UCLAのドブキン教授~>

<…残念ながら、いまだに治療によって改善が得られない患者さんは多く存在する。脳卒中のリハビリはそれゆえ、ときに残酷なものである。>

<「装具の改善」という小さな工夫が生み出した結果は、川平法やBMIなど最新技術による改善と比べてまったく劣るようなものではない。…患者さんの生活を助けるという効果はとても高いものがある。>

『早く読むべきだった!』ですって。

 

『ワワワン ワォ~ン(感心してるより、実行!)』

 

雪また雪!こんな年ってあったかな~?

『ワォ~ン ワン(も~いいよ!雪)』

 

毎日のように雪が降っています。『ウッソ(嘘)でない!』

Gの配偶者は『風ちゃん、父ちゃん帰ってくるから階段きれいにしなきゃ。…ああ~疲れた、疲れた!』と言って重たい除雪に嘆くことしきりです。

先週末、外泊でGが110日ぶりに家に帰ってきました。病院で会っていましたが、杖を使って歩いたりいままでのGとは違う人みたいです。でも、二、三回[オネガイシマス(前足で膝を叩く)]をするとご馳走をくれるのは変わっていません。

Gの使う装具が出来上がって来ました。プラスチックのは家の中で履いていました。この外泊で、家庭の日常生活にもなれて階段も杖を使って昇り降り出来るようになったようです。年末年始も帰って来て、その後しばらくしたら退院だそうです。

「…暦は~もう少しで今年も終わりですね~♪」<吉幾三『雪国』>

25年以上前、Gが生徒と一緒にカレンダーを作っていた時のこと、T君が歌って教えてくれた歌です。合唱コンクールでは音取りに苦労していたT君でしたが、この歌は見事な出来映えでGはいたく感じ入ったものです。

 

『今年は終わらない年になりそうだ…』とGは思っているようです。

身世<わが身と世の中と>にとって終わらないことを背負った年だと言うことだそうです。

「100000年後の安全」を考えるべき現実と右半身の不自由です。

 

『ワァ~ンワンワン ワォ~ンワン(追~いかけて 雪国~♪)』

 

1969…

『ワンワンワォ~ン♪(私も喜び駆け回り♪)』

 

毎日のように雪が降っています。

散歩の時は、積もった雪の中をどんどんピョンピョン駆け回るように行きます。Gの配偶者は『風ちゃん待って!そんなとこ入らないの!』とか言って着いて来ます。でも、散歩の後はストーブの前で横になっています。

Chikaさん、掲示板にコメントありがとうございました。Gにリハビリ頑張るように言っておきます。

 

Gは本を読めない時、スケッチも少ししていましたが音楽を聴いていました。聴ける音楽と聴けない音楽があったようです。ところで、何を思ったのか「PINK MARTINI&SAORI YUKI1969」を買いました。歩行練習の時、流しているようです。

1969年。Gは「国学連の歌」とか「沖縄を返せ」を歌っていたようですが、「ブルー・ライト・ヨコハマ」や「夜明けのスキャット」も聴いていたのでしょうか?

竹西寛子さんの随筆集にいたく感銘しているようです。

「…二つの国の楽団演奏に、土地と離れてはあり得ないような音色を聴いている。ウィーン・フィルと違ってヘルシンキ・フィルに漂う憂愁の音色も又私にとっては安堵の音色であり、憂愁のほの明かりが誘う生の肯定は穏やかである。」

 

『ワォ~ン ワン(なんじゃら ホイ)』

 

取り留めなく…

『ワォ~ン、ワォ~ン(…淋しくないよ)』

 

Eちゃん家に預けられています。

Gは入院、配偶者はお産扱いで出かけました。私を連れて遠方まで行くことも検討されましたが、Eちゃんのお母さんが『風ちゃんなら預かってもいいよ!』と言ってくれたのでお世話になっています。「お言葉に甘えて」、本当にご迷惑お掛けしています。「相互支援のお返しをしなくちゃ」と考えています。

 

Gがどうした訳か、詩集「くじけないで」(1911年生まれの柴田トヨさんが昨年出版)を読んでいました。「駅路」の呼野刑事を思い出しているんだって。ふぅ~ん?。

あなたに Ⅱ

 

追いかけて

愛した人を

苦しめるより忘れる勇気を

持つことが 大切よ

 

後になると

それがよくわかるの

 

あなたのこと

心配してくれている

人がいる

あなた気づかないだけ

小岩井から今年も林檎、自家製干し柿、かぼちゃ、米、薩摩芋(秋田産)などが送られて来ました。「林檎は果物の王様だ!」を実感する、金星、シナノゴールド、王林、サンふじでした。

「はじめにイメージありき」で描いたんでしょうか。

私事ですが…

『ワゥ~ン(複雑)』

 

Gが入院してる間にいろんなことが起きています。家の中の模様替えや不用品の廃棄などです。今までのような生活が叶わないのですから止むを得ない訳ですが、私の身の上にも及んで来ました。

 

「避妊の手術」です。

ペットの「避妊や去勢」は珍しいことではなく、お友だちのCちゃんやMくんも既に手術を受けています。G夫妻も色々考えていました。

賛否両論があって決めかねていましたが、

①病気になりづらい②男女のトラブルの回避とそれによる行動規制の解除③ちょっと部屋の掃除が楽ちん?などの理由で手術を受けることになりました。

でも、Eちゃんのように子どもを育てることも素晴らしいことなので、迷っていたようです。残念ながら、私も夫妻の現状から『已む無し』と判断いたしました。病院は1泊2日でA市まで行きました。

 

本当はG夫妻も私の子育てを見たかったし、親子で飼ってくれると話していたこともあったのですが…

 

『ワン ワォ~ン(私も家族よ!)』

 

駅路

『ワォーンワンワン(お暇な方だけつきあって)

 

Gは言語療法のリハビリで、漢字を思い出す課題に取り組んでいます。

言べん、金へんなどの漢字を10個以上思い浮かべて書き出すのです。「しんにょう」などは難しかったようです。

リハビリがすすんでやっと本が読める手応えを感じたのは、松本清張の短編集(文庫本)を一冊読み終えた時のようです。

その中に『駅路』と題する一遍がありました。二人の刑事の会話に「駅路(えきろ)」という字句がゴーガンの言葉とともに語られる場面が二度出てきます。

 

「・・・人間だれしも、長い苦労の末、人生の終点に近い駅路に来たとき、はじめて自分の自由というものを取り戻したいのではないかね。

・・・ゴーガンはこんなことを言っている。人間というものは、自分の子供の犠牲になるものだ。そして、その子供たちはまた自分の子供の犠牲になる。このばかげたことは永遠につづくらしい。もしも、すべての人間が子供の犠牲になるとしたら、一体、誰が芸術や美しい人生を創造するだろうか、とね。言葉はよく憶えてないが、こういった意味だった。ゴーガンには絵があった。しかし、小塚氏には絵がない。絵は彼の愛する女性だった」

()

五十近い刑事は言った。

「・・・ゴーガンが言ったじゃないか。人間は絶えず子供の犠牲になる。それを繰り返してゆく、とね。それで、どこに新しい芸術が出来、どこに創造があるかと彼は言うのだが、芸術の世界は別として、普通の人間にも平凡な永い人生を歩き、或る駅路に到着したとき、今まで耐え忍んだ人生を、ここらで解放してもらいたい、気儘な旅に出直したいということにならないかね。・・・」

「・・・幸い、こちらには家出してもあとの家庭が困らないような財産が出来っこないからね。死ぬまで、自分の線路をとぼとぼ歩いてゆくより仕方があるまい。その限りでは、小塚さんには絵の代わりに好きな女性がいた。ところがだね、君。ぼくはどうだ。何も無い。何も無くても残りの人生を忍耐していくより仕方がない。我慢のしつづけさね」

呼野刑事の寂しい笑いの意味が若い刑事に分からないでもなかったが、まだ実感には密着しなかった。

 

『ワォーンワンワン(リハビリまじめにしてヨネ!)

 

芸術とは何か

大田堯氏のドキュメンタリー映画「かすかな光へ」が札幌・小樽で上映されるとのことです。

「教育とは命と命のひびき合い。創造活動・アートなんです」に『・・・やっぱり』とうなずいているGです。 

  

『ワンワンワォーン(しかたないな。付き合うか!)

 

 

アール・ブリュット・ジャポネ展のニューズレターが届けられました。

東京国立近代美術館研究員の保坂健二朗氏が記念講演で興味深い発言を行っていました。アール・ブリュット(ABと略記)の定義、日本的ABは存在するか?日本にとってABはどのような意味を持つのか?などでした。

その中で、糸賀一雄氏にふれられていました。

彼は日本のアウトサイダー・アートにも大きな先駆的活動を行ったと言い、「この子らを世の光に」の言い回しを借りると「ABを世の光に」と言わなければならず、ABを見つめることでアートとは何かを問い直さなければならないと続けている。

そして、糸賀氏の「自覚者は責任者」の言葉を紹介し、さらにABの作品を知った者の責任としてこの認識に立つならば「芸術とは何か」を問い続けなければならない、と結んでいました。

 

『ワンワォーンワン(だからなんなの?)

 

リンドウを描く(9月28日)

『ワォーンワンワン(ご無沙汰失礼)

あまり長い間「お暇」をいただいたので、「あきれたワ」「心配したぜ」と思っていた方もいらしたのではないでしょうか。

 

相棒のGが病気でダウンしています。93日に脳出血で入院、リハビリの続く中やっと外出が許可されるようになりました。

私のつぶやきも回復途上のGの状態を映しているところもあるかな。

友人O氏から「あせらない・あきらめない」のお見舞いを寄せてもらって、読み返しています。が、生来の「興奮過多・覚醒過敏」のGに持続する意志を期待できるのでしょうか。

『ワォーンワン(頑張って ! )』

 

Gのスナップinカンボジア

「不寛容」は続くのか <Ⅱ>

『ワン、ワンワン(ご無沙汰失礼)』

新聞によりますと!

「ノシャップで一挙12頭~囲い罠でエゾシカ捕獲~」。

よく読むと、…この囲い罠は駆除とは違い、あくまで効率的で有効な捕獲方法を検討するための試験捕獲。…同日中に事業委託先の○○○○の牧草地に搬出した。このエゾシカは食肉用や、ペットフードなどに加工される。…

「一網打尽になったエゾシカの群れ」のコメントと写真が掲載されていました。

 

その翌日、Gは見てしまいました。通り過ぎましたが、「看過出来ぬ!」とばかりUターンして撮影。

わざわざ美容院へお知らせまでしました。「…不寛容は…」と呟きながら。

『ワ~ンワン(ご苦労さん)』

 

はなのなまえ

『ワンワン(見て、見て!)』

時々、連れて行って貰う「ドッグラン」の近くがちょうど花盛りでした。

「野花菖蒲(アヤメ科 ノハナショウブ)」ではないでしょうか?

「檜扇菖蒲(アヤメ科 ヒオウギアヤメ)」かもしれません。

 

『何れ(いずれ)菖蒲(アヤメ)か杜若(カキツバタ)』と言う言葉もありますね。

意味は以下のようです。①どちらも甲乙つけ難いほど美しい。②よく似ていて区別がつけ難い。

「ショウブ」と「アヤメ」の違いって何なんでしょう?

Gはよく「ジャーマンアイリス」のスケッチをしています。好きなのかなぁ?

 

そうそう、Gの学級通信のタイトルに「せんせいははなのなまえをおぼえろという/だけどわたしはおぼえたくない」と言うのがありました。とさ。

『ワオ〜ン ワン (長くて変なタイトル)』

<谷川俊太郎の「はな」からだって>

 

『ぼくを「五郎」と呼んで下さい。名字で呼ばれるのは嫌です…』と訴える青年に会いました。

ピアカウンセリングのプロセスでは「セルフイメージを、絵あるいは文字にするカウンセリングネームづくりが初めのプログラムです。…」

「姓は丹下、名は左膳」(古~い)。Gはブツブツ言ってます。

 

『ワン ワオ〜ン(付き合いきれない!)』

 

クラッシック・カー

稚内の「名所」の一つ、北防波堤ドーム。

イベントがありました。(お知らせがおそくなりましたが)

<「おおなご」とクラッシック・カーのフェスタ>

「稚内のおおなご」(スズキ目イカナゴ科イカナゴ属)は瀬戸内海産イカナゴと比べ「長生き」で「大きい」そうです。宗谷の新ブランド!と期待されているようです。

 

クラッシック・カーは沢山ありました。遠くからも来ていました。

「プリンス・スカイライン」が多かった。

白い「セリカ」があった。

よく動いているな~と思う「サニー」もあった。

Gは代車で一週間だけ乗っていた、ワインレッドの「シルヴィア」があった。

さすがに「スバル360」は無かった。

会場で私は初対面の人にも可愛がって貰いました。

ソフトクリームをご馳走してくれる人もいました。

『○○○さんに言ったら怒られるね!』と笑っていました。

さあ、誰でしょう。

『ワン ワンワン(ご馳走様、美味しかった!)』

 

私は静岡(富士市)生まれです。静岡からいらっしゃっていたご婦人が『我が家で飼っていた柴犬とそっくり。4年前に亡くなったんですよ…』と優しくいつまでも撫でてくれました。

『ワン ワオ〜ン(私は複雑な気持ち)』

エゾシロチョウ

Gが蝶を好きなことは以前にも触れたでしょうか。

 

散歩の途中でリードを放すGは一般的には好くない飼い主です。増して、「呼ばれても帰らない犬」の場合は「飼い主失格」です。

『ワン ワンワン(しかし、私には好ましい!)』

で、グラウンドの先の草むらに姿を消した私を追ってGが来ました。

ハマナスのいい匂い。

そこにエゾシロチョウ!

勿論、Gは興奮気味。

『ワン ワオ〜ン(私、貢献してますね)』

<「エゾシロチョウ~オホーツクの丘の群舞~」竹田津 実 北海道新聞社>は必見です。

『ワンワオ〜ン ワン(と言ってます)』

 

オオトバイク

『ワオ〜ン ワン(ご無沙汰失礼)』

何やかや、結構忙しくしているのです。

先日、オレンジリボンの10周年記念事業で旭川へ行くGに付き合いました。

美深の道の駅で骨付きソーセージの「骨」をGET!

骨付きソーセージの「骨」とアイスキャンディの「棒」とは似て非なるものです。

「骨」のお礼に被写体になってあげました。

運転手(ライダー)はみんな頭髪の薄い、若しくは白いオジサンたちでした。

[ハーレーダビットソン]のワインレッド・黒・ゴールドが5台です。

Auto bike (自動自転車)すなわちautomatic bicycle

Bicycle」、Gは少年の頃この発音が出来なくて淋しい思いをしたようです。

Bi + cycle>のBiの意味がやっと分かったようです。

 

『去年買った「クロスバイク」、埃かぶってるんじゃない!』はGの配偶者の声。

 

『ワオ〜ン ワン(また、言われてる!)』

桜桃忌

今朝、Gは花火の音で起きて来ました。<小学校の運動会が一斉に行われるようです。花火はその合図だって!>

片手に新聞を持っていました。

 

『ワオ〜ン ワン(遅いんじゃない)』

 

桜桃忌竜飛に荒き潮境  佐藤正文(北広島)

 

今日(6月19日)の「日曜文芸」俳句の欄に見つけたようです。

「人間失格」。誰もが自問し「人間合格」とは何かを考えながら生きているものなのですか?ちなみに、私は「自主性」があるから「柴犬合格」ですよね!

「走れメロス」「富嶽百景」は教科書教材だったって。

恥ずかしい写真ですが、今日のGの為<父の日も>に目を瞑る事にします。

上はちょうど1年前の今日。下は今日。<私も若かったワ!?1年で皆さんの7歳分の知恵を磨くのヨ。>

 

五十三 齢重ねる桜桃忌

五十四 齢重ねる桜桃忌

五十五 齢重ねる桜桃忌

五十六 齢重ねる桜桃忌  …

『ワンワンワン(本当にバカね)』

すなわち1948年6月19日はGの誕生日なのです。

近頃、金木の斜陽館では「生誕祭」(1909年6月19日生)として行われているとか。

(「桜桃」=サクランボ、「桜桃」は死の直前の作品名。…直接親交のあった人たちが遺族を招いて、桜桃を摘みながら酒を酌み交わし故人を偲んだのがはじまりとか…)

 

『ワオ〜ン ワンワン(こんな呟き変よね!)』

 

血すじ

「血筋」=血のつながり。血統。血縁、血族。

『ワォ〜ンワン(何のこと?)』

私の「血統」のことかと思ったら違うようです。

 

[…物を書く血筋が「母の家系」から来たと確信する藤沢周平は、母の家系に連なる筆者が初めて自宅を訪問した折り、『血筋から××××が出ましたか』と感慨深げに言ったという。] 新聞書評の一節にGは反応し呟きました。

『◯◯さん、君の血筋に××××がいた事を恥じてはならない』と。

 

「血筋」なんてナンセンス!と批難の視線を感じているようですが、何か考えているようなので聴いてみました。

国際生活機能分類CIF―国際障害分類改訂版―の環境因子<生活機能と障害への外的影響→物的環境や社会的環境、人々の社会的な態度による環境の特徴が持つ促進的あるいは阻害的な影響力、個人的・社会的2つのレベルがある。>と個人因子<生活機能と障害への内的影響→個人的な特徴の影響力、社会的・文化的に大きな相違があるためCIFでは分類されていない>…(続けたいようでしたが省略して貰いました。)

 

「血筋」を形成するものとは何か?

阻害因子を含む環境は個人の実行状況を制限するであろうし、より促進的環境はその実行状況を向上させであろう。…社会は個人の実行状況を妨げる可能性がある。

 

『ワオ~ン ワンワン(何が言いたいのか?懲りない人!)』

 

「父ちゃんがくれた!と喜んでサンダルを履いています。今日、長靴ひとりで履けました。その後何故か長靴とサンダル一つずつ…」のメールに『…血筋の形成過程か?!』だって。

                                                                『ワオ~ン (呆れた!)』

 

一部訂正とお花見

『ワンワン(失礼)』

Gの不注意で「花のつづき」に不適切な文章がありました。

訂正してお詫び申し上げます。

 

ご主人『高山植物だ、なって言ったかなあ。高い山からみたら、ここらは暖かいから一年に二回花咲くんだワ。赤いスジ入った丸い飴みたいな花なんだ。』

これはお知り合いによりますと「エゾツガサクラ」の蕾とのことです。開花すると花は釣り鐘状になるそうです。

先週、2日間だけ暖かい日がありました。

お友だちのエル・欄のゴールデン親子と白ラブのマグ君がお花見に行ったと聞いたので、私もGと行ってきました。まあまあでした。<私もどちらかと言えば「花よりだんご」なんですよ…>

 

稚内でも「桜の名所」があるんですって。

Tさん宅の桜で、ピンクの淡い色と濃いめの色の木が左右に咲き誇って「紅白の対」になっているようです。葉の出も遅く、花数もたっぷりです。

Gが勤め先のお隣さんと立ち話。

Tさん宅の桜の話題から、Kさん宅の「白木蓮」につながりました。早速、帰宅途中にKさん宅に寄りました。

高さ5メートルはあるでしょうか。一本幹の上部に円形の樹冠ができ、それが真っ白なのです。

勿論、白い木蓮の花によってです。枝先にぽつんぽつんと蕾がついて、やがて肉厚の花弁が開く…と違って花はほんの少し小振りに見えましたが、枝々に「ぎっしり」咲き連なっているのです。

『…これは新聞でも紹介されるわナ~』とGは呟いていました。

 

『ワオ~ン ワンワン(お腹すいた、帰ろう)』

花のつづき

『ワンワン(付き合って!)』

 

エゾエンゴサクとカタクリを見ていたら、小さいながら精一杯咲いている「キバナシャクナゲ」が『観てよ!』って。

花には心身を惹きつける、甦えさせる力がありますね。

『…ウ~ム…』しばし沈思黙考するGでした。

ご主人『礼文のキバナシャクナゲだ』とおっしゃっていましたが、お知り合いからは「大雪山を代表する花」とも教えていただきました。

 

更に、これも初めて見る花。

お知り合いからは「[タッタ草]、通称[糸巻き草]と言い葉の形が糸巻きに似ているところから」と教えていただきました。

 

稚内百年記念塔横の「北方植物園」では越冬したブルーポピーの新葉が風に震えていました。

一所懸命、そのものです。

『 ワオ~ン ワン(見習ったら)』

 

花キャベツの花

『ワンワン、ワンワン(聞いて、聞いて!)』

今朝の散歩は早かったんです。チェルシーちゃんに会えるかなと思ったんだけれど会えなくて残念。と思っていたらGが某所でリードを放してくれました。あちこち探索していたら、前方にキタキツネを発見!近づくと「ケウ~ン ギャウ~ン」と吠えながら走り出した私より大きい親ギツネ。勿論、追いかけました。一度Gの近くに寄りましたが再追走。息が切れたので戻ってきましたが、私を探していたGはおかんむり。

『ワオ~ンワン(放してくれたじゃん?!)』

 

散歩の途中で見かけた花は「花キャベツの花」。昨年、「日の丸」という木槿(むくげ)の咲いていたお宅の庭です。

その昔(1970~77)、TVドラマシリーズ「だいこんの花」がありました。

脚本向田邦子、主演森繁久彌、他に竹脇無我、加藤治子、大坂志郎、いしだあゆみ…(キャストをみんな書きたがったけれど止めて貰った)。

忠臣(森繁)は妻を『だいこんの花のような、素朴だが美しく控えめな人だった』と言い、息子(竹脇)にも『妻を娶るならだいこんの花のような人を』と口うるさく言うのであった…。

「花キャベツの花」は初めて見ました。

こっそり『どんなもの!』と声を掛けられた気持ちでした。<Gの代弁>

 

別のお宅の庭ではエゾエンゴサクとカタクリを見せて貰いました。<今年は兜沼の「言問の松」を訪ねなかったので、エゾエンゴサクの群生を見るのは諦めていたのです。>

ご主人が『一週間前ならもっと良かったのに…』とおっしゃっていました。

Gは『来年を楽しみにしています。』だって!?

 

『ワン ワオ~ン ワン(「来年の話は鬼が笑う」って知らないの?)』

 

「不寛容」は続くのか

『ワンワン、ワンワン(見て、見て!)』

1、2、3、4、5、6、7、8頭。

雨の中、開設間もない「ノース工房」の庭に現れたエゾシカたちです。

見ての通りの住宅地ですよ。後方は自衛隊のレーダーと建屋。

ほぼ毎日現れて草を食んで行くそうです。

挑発的なのはGです。私を嗾(けしか)けます。<そそのかして敵に向かわせる>

エゾシカ一家も多勢に無勢。一時、白いお尻を並べて遠ざかりますが直ぐさま戻ってきます。

明らかな「反抗挑戦的」行動です。

 

[…人間は、思い込みと自分らの作り出したものの機械となって突進する。その勢いを、人間は誤りやすいと自覚して、ゆるめようと努めるのが寛容。渡辺さんはいつの世にもある不寛容に嘆息しながら、歴史を見れば寛容こそ有効だ、と言い続けました。…]

[…この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。…]云々、よく言ってますが…

『ワ~ンワンワン(お題目ですか?)』

 

GWは如何お過ごしでしたか

すっかりご無沙汰してしまいました。

『ワン~(失礼)』(私のせいかしら?)

私たちのGWは昨年同様、稚内→釧路→札幌→稚内の「三角ベース」の一周旅行でした。

Gの要望に応えて、佐呂間のミズバショウです。

雨の釧路は寒かったです。「りくと君(柴の牡、5才)」と再会出来ました。

『ワォ~ンワンワン(覚えてくれていて嬉しかった)』

Gは介護疲れの配偶者の要望を容れて十勝に寄りました。

エゾエンゴサクに囲まれて、『待て!』です。(笑)

春の日高山脈は美しく輝いていました。Gは少年時代、毎朝夕これを仰いで過ごしていたと話していました。カシワも十勝の樹です。

 

[…「善い」と感じた思考を自分に取り入れていく時は、実に孤独を楽しんでいます。同時に、自分の周りに「同志」と呼べる生の人間が少ないと感じる時は、悲しい孤独を感じます。…]

お知り合いのメールを読んで考えているGでした。

Gは明らかに少数派でしょう!孤立と言っても支えてくれる人(奇特な人?)がいたようですが…。

『ワンワンワン(幸せな人)!』

ですから孤独を知らないと違いますか?

 

[…わたしは知らなかった。どんな大成功のかげにも、逆境にうちかつ苦労があり、どんなに激しい情熱をかたむけようと、勝利を確実にするためにはときに、絶望とたたかわなくてはならぬことを。…このたぐいまれな不屈の精神を思うとき、それはまったくの孤独のなかできたえられたのだということを、けっして忘れてはならない。晩年にかけて、ほとんど言葉を失うほどの孤独のなかで。…]<「木を植えた男」>

辿り着けないから繰り返し読んでいるのでしょう。

赤い靴 青い靴

以前、「Morfar」(母の父)をつぶやきに載せましたが、Dotterson(娘の息子)に関するつぶやきです。

Gにこんなメールが来ました。「…お友だちから貰った赤い靴と父ちゃんが買ってくれた青い靴の両方を履きたいと譲らないので、かたびっこの靴でお出かけです。」

Gは大満足の笑み。

『ワン~(変なの)』

Gは「自分で、自分が、自分から」という気持ち“こどもの主体性”の強調…を支持しています。

『ワォ~ンワン(それも良いけど)』

配偶者からは『よく言って聞かせないと「ワガママ」になるかもヨ!風吏もそうでしょ!』だって。

 

<正助さんの徳行>

…赤間の街(筑前二十一宿)に出かけるとき、父は雨が降るから下駄が良かろうと言い、母は西の雲も無くなったので草履が良かろうと言われると、正助さんは下駄と草履を片足ずつ履いて行かれたと言うことです。…

 Gは子どもの頃、度々聞かされていました。今は何をどのように考えているのでしょう?

 

ずっと好きだった

Gはこの歌が気に入ったようです。勿論、『ずっとウソだった』も。オレンジリボンの例会でも歌詞のプリントを配っていました。

清志郎の「LOVE ME TENDER」。『何言ってんだ』はGの口癖。

『ワォ~ンワン(何言ってるんだか)』

芸術に意味があってはいけない!

Gは就労サポーターのSさんや彼女が呼びかけてくれた方々と協力して、陸前高田の小学校へ文房具を送りました。Gと同じ教育研究会員の要請です。校長は妻と息子を亡くしていますが、教え子の家々を安否確認と激励に訪問しているのがテレビでも放映されていました。現地は、救援物資が届き始めましたが、仕分けする人手がないと嘆いています。

元同僚のご家族がいわき市(福島)で被災されました。栃木へ避難、そして現在は青森へ。元同僚が今週末やっと避難先の家族のもとへ行きます。Gは伝える言葉に窮しているようです。『ワォ~ン ワン(……)』。

Gは再来週、学習会を計画しています。色々な意味合い(ミッション)を抱いているようです。

そのための作業の一つがこれです。

私   『ワン ワン(なんじゃこれ?)』

Sさん 『何してるんですか?』

G   『何って…、岡本太郎のドラマやってるでしょう。』

Sさん 『見ていませんでした。』

G   『そうお、太郎が「芸術は意味があってはいけない」って言ってるんだ…』

Sさん 『そうですか、…でも新聞の報道内容が変化してきていて、その変化に疑問も感じているんですよね?!』

見透かされているGなのです。

 

彫刻家

彫刻家の佐藤忠良さんが亡くなりました。

『ワォ~ン (私も淋しい)』。

<幣舞橋、「夏」の前でのスナップ>

配偶者とGは結婚前、限定出版の画集(為書きが異姓の連名、昭和47年7月9日の署名入り)を買いました。当時としては高価な買い物でしょうから惹かれるところがあったのでね。<いわさきちひろはともかく彼も同じ仕事をしていたことを後年知り、Gはニヤリとします。>

 

地元紙にも取り上げられています。「首狩り」が「首切り」となっていたのには驚きだったようで、「抗議」とも考えましたが、「忠良さん」が望むべくも無いことと押し伏せました。

『ワン(よし!)』

Gは『私の作品は演歌のようなもの』云々の意味を考えているようです。

満州での若い士官と腰を抜かした軍曹との敗戦を知らぬままの逃避行。捕虜、抑留…

『抑留生活は大変だったでしょう』の問いに『彫刻家になるための労苦を思えば、あんなものはなんでもありません』と笑いながら言ってのけたエピソード。

船越保武氏との交友を記録した[老友]NHKドキュメント)を大事にしていますね~。

「おおきなかぶ」は不滅の傑作ながら、次世代の子どもたちへの絵本「木」も末代の家宝(笑)とすべし。だって!

 

summer time blues

『ワォ~ン (らしくねぇ~)』。

Gもそう感じていたらしく、お仲間からのメールを見て、「君が代」からの付き合いの忌野清志郎さんの登場を願ったようです。

津波てんでんこ

『ワォ~ン ワンワン(皆さんお元気ですか)』。

また、「ふれあい公園展望台」や「勇知の牧草地」へ行ったりしていました。残雪が眩しい青空の下、「春隣」を満喫できました。いつになくGも積極的でした。?

Gはずぅ~と迷っているようです。

「東日本大震災」のことです。エルちゃんのブログに「横たわる仲間に寄り添う犬」の動画が紹介され、尋ね人(安否確認)の問い合わせ情報も載せられていました。

Gの参加するMLは毎日「東日本大震災」のメールで一杯です。逃げ遅れた教え子を助けようとして津波に飲み込まれ、教員(Gと同じ研究会員)が亡くなりました。その教員を4月1日の異動名簿に載せて内示した教育委員会に怒りの爆発です。原発問題の報道にも「大本営発表」に瓜二つ?と憤慨していますが…。悲しみや怒りは吐き出さなければ心身を蝕みます。被災者を慮(おもんばか)り、「自己抑制」することがベストでは無いようです。

新聞に津波災害史研究家山下文男さん(87)のことが出ていました。「津波てんでんこ」で釜石の小中学生が被災から免れた記事です。Gは10数年前、この地方を訪ねたとき彼の著作を知り、ずぅと暖めていたようです。『…立派な人はやはり世のため人のためになることをしているものだ…』と呟いています。

思わぬ拾い物をしたと言っています。それが以下の動画です。

体重測定と風袋(ふうたい)

こんにちは。

NAOさんのコメントに嬉しくなって、私の登場場面を増やしました。

久しぶりに「ふれあい公園展望台」へ行ってきました。坂道を下りてくるスノーシューのおじさんに会いました。Gが『上にどなたか居りましたか?』の問いに『いいえ、誰もいませんでしたよ。』を聞いて、リードを放して貰いました。

『ワゥ~ン(嬉しい)!』<本当はダメみたい>

走り回って登っていくうちに、観光客を乗せた雪上車も登ってきました。

Gは『やば!』と思ったようですが、私は「お利口さん」にGのもとに行って見送りました。観光客の皆さんから笑顔で手を振って貰いました。

雪原も春の息吹が聞こえてきます。

私は「体重測定」が嫌いです。「体重測定」を察知すると逃げ回ります。しかし、おやつの誘惑には勝てず、Gに捕まります。私の「体重測定」は、Gに抱かれて体重計に乗り、その数値からGの体重を差し引く方法です。配偶者は暗算し、その結果で「一喜一憂」します。その暗算に時間が掛かるようになり、Gは筆算する始末です。

Gの体重が「風袋(ふうたい)」です。(今回、配偶者はそれを問題視しませんでした。うっかり?それともすでに対象外?やはり、私のことで頭がいっぱいだったのでしょう。)

若者に『風袋って何ですか?』と聞かれて、Gは「目が点、口は塞がらず」になったことがあります。

「玉ねぎ(私は食べられません)3個を笊(ざる~今時使うかな?)に入れて測ったら400グラムありました。

笊の重さは40グラムです。玉ねぎ1個の重さはいくらでしょう。」の笊が風袋です。

『箱の重さ入れて15キロ測ったのかイ!箱の重さも入れてかい!』、年末に工場で厳しい口調で「確認」されているTさんをGは見かけました。年末の忙しい時期の仕事で、誤りが無いようにとの同僚からの「確認」だったのでしょう。Tさんはいつもより小声で『ハイ、ハイ』と何度も応えていました。「善かれと思って」の同僚のことばでしょうが、「身も心も縮み上がる」思いのTさんたちの場合もあります。

[職場で使える「虎の巻」~発達障がいのある人たちへの8つの支援ポイント~<札幌市>]を各職場へ配布して貰っていました。

この「箱の重さ」が風袋です。

 

蝶とニシン

ご無沙汰失礼致しました。

あちこちから『太ったんじゃない!?』の声が届いて、釧路からは『太った柴なんかミッタクナイから気をつけてよ!体重計の電池入れ替えてちゃんと測って!10キロまでだからね!』との指示も具体的でした。

『ワォ~ン(ご免なさい)』。<Gの代わりに謝っておきます。>

Gは蝶が好きです。少年時代、昆虫採集で蝶を追いかけて様々な体験をしているようです。首つりのあった森を走り抜ける恐怖。「ヒメコシオドシ」(帯広の緑ヶ丘では珍しかった?)を捕った感激。…止まらないので止めて貰います。

昨夏、散歩の途中で「エゾシロチョウ」の羽化する場所を発見しました。<私の「功績・高徳」の賜!>

Gは数年おきに見ていて、地域新聞に写真を投稿したこともありました。<勤務校の人造池で見られた「オニヤンマ」の羽化も同様。生徒たちより興奮して…>

この季節に何故「蝶」か?ですが、新聞のコラムからです。

『ワォ~ンワン(お暇な方だけ付き合って下さい)』。

詩人安西冬衛の一行詩、二編の「春」です。

<てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。>

<鰊が地下鉄道をくぐつて食卓に運ばれてくる。>

つづけて、小檜山博さんの随筆「オホオツク詩情」から

<いまでも毎年、雪どけが始まったあと、ニシンの焼いたのを食べないと春がきた気がしない>とあります。「てふてふ」は「アサギマダラ」や「オオカバマダラ」の仲間だろうか…。

それより、「焼いたニシンを食べないと」でわなく「ニシンの焼いたのを食べないと」と書かれていることに強く頷いているのです。小檜山さんとGの「北海道の原風景」の重なりをそこに感じるようです。

釧路の配偶者も『…本当に、一匹千円以上しても買って食べてる見たいよ。』とのこと、しかし、「焼いたニシンを」と「ニシンの焼いたのを」については『どっちでもイイっしょ!』とつれない返事。

『風吏、どう思う!?』と聞かれても、『ワォ~ン(さあ~)』としか言いようがありません。

 

美男・美女

ブサイク(不細工)だけどかわいい「ブサかわ犬」、実在の犬を主人公にした映画『わさお』が3月5日から全国で公開される。<映画『わさお』公式サイトもお手軽かしら?!>

『ワォ~ン(ちょっと待ってよ!)』。

飼い主Gに似て「チャランケ(注意の喚起)」か?も!

「ブサかわ犬」ってどういうことでしょう。

まず、「かわいい」について。許容の範囲ではありますが、以下を参考にしていただきたいと思います。

<…わたしは何事でも時の流行に従うことがきらいなうえに、「かわいい」という評価がきらいという、臍曲りである。現代の日本くらい、とくに若者のあいだで、「かわいい」ということが最高の賞め言葉になっている時代と国は史上なかったのではなかろうか。「凛々しい」とか、「けなげ」とか、「気品がある」とか、「力強い」とか、「逞しい」とか、「雄々しい」とか、そういう価値が尚(たっと)ばれないで、ひたすら「かわいい」が最高の価値基準をなしている時代は、非常に未成熟な、積極性と主体性を欠いた時代ではないか、と思っている。わたしは「愛されることは何ものでもない、愛することがすべてである」というヘッセに賛成で…>

「ブサイク(不細工)だけど」について。「造作のバランスに破綻がある」を「ブサイク(不細工)」と言っているのでしょうか。ここでは「美犬」の造作のバランスとはどのようなものなのでしょうか。犬種を越えてのものなのでしょうか。更に、「だけど」とは[前と逆のことを言い出す時の接続の語]の意味で、本音は「ブサイクは憎きもの」と言っているのでしょうか。

「全然〜無い(否定)」は「全然〜いい(肯定)」の攻勢にあって久しくなります。今や「フツーウ」が「好評価/高評価」の意味として使う若者がいるようですから、目くじらを立てる方が過敏なのかな。

雌の「美(ちゅ)ら」さんと雄の「リキ」さんをご紹介します。勿論「秋田犬」です。

「美(ちゅ)ら」さんはまだ1歳になっていません。ついこの間までGに『嬉ション<嬉しくて失禁すること>』をしていました。「リキ」は6歳になりましたが今でも隙をみてGに『嬉ション』します。いや、単に電柱の代替えかな?私ともチョット遊んでくれます。

「均整の整った、逞しく且つ愛くるしい秋田犬」のお友だちです。

尚、Gはお酒の席などで表記について話題にします。『「あばたもえくぼ」はノーマルな奴で、「面食い」はアブノーマルな奴だ!』と吠えます。また、『マドリッドの女はみんな美人。そうでないのは旅行者!』と訳の分からないこともほざきます。結構、イイ加減(ここは「出鱈目」の意味)な男です。

『ワォ~ンワン(酔っぱらいにご用心!)』。

 

飾らない言葉と心

この冬、外出を億劫がるGが気になっていました。

と言う私も、ストーブの前で寝そべっている事を『…なんて「軟弱」に育ててしまったか…』などとGに呟かれ、『…(上目遣いにGを見る)…』この頃でしたが。

因みに<…♪犬は喜び庭駆け回り、猫は炬燵で丸くなる♪>は古い歌で、今時の私たちは「ストーブの前…」派が少なくないようです。Nさん家の柴クンだって…

 

週末、郊外の知人宅を訪ね、方々雪原を走りました。Gはクロカンのスキーで。

『ワゥ~ン(北国の冬はサイコー)。』自然を満喫する心。

Gを誘い出した貢献度も評価して欲しい。

私のつぶやきを読んでくれているAさんからメールが届きました。

少し前に、Gは吉野弘の「祝婚歌」

「…正しいことを言うときは/少しひかえめにするほうがいい/正しいことを言うときは/相手を傷つけやすいものだと/気づいているほうがいい…」を紹介したようです。

 

Aさんは「泣き虫っ子」の話が心に染みた、吉野弘の「夕焼け」が一番好きな詩になった…と返信されてきました。

「いつものことだが/電車は満員だった。/

やさしい心の持主は/いつでもどこでも/われにもあらず受難者となる。/何故って/やさしい心の持主は/他人のつらさを自分のつらさのように/感じるから。/やさしい心に責められながら/娘はどこまでゆけるだろう。/下唇を噛んで/つらい気持で/美しい夕焼けも見ないで。」

 

Gは「特別支援教育」の話を「奈々子に」で締めくくっていたこともありました。

 

恢復のちから

先週末、旭川に出かけてきました。

勿論、美深でGはコロッケを買いました。私はステアリブの骨をゲットしました。慌てて囓りつき、骨が上顎にブリッジ状に挟まってGにはずすのを手伝って貰いました。

『ワゥ~ン(恥ずかしい)。』

 

Gの目的は2つ。

ひとつは『若きカフカス人』を観に中原悌二郎彫刻美術館を訪ねることでした。(残念ながら期待していた「石膏像」は展示されていませんでした。)

記念展も開催されていて、『原の城』と『点の中の距離』の船越親子の作品に再会出来たのも好かったようです。(何かもっと言いたそうですが止めて貰います。)

 

『海峡の空 国境の海』の続きは『ここに愛 ここに自由』でした。

この言葉に縁のあるお宅&スペースで『ガット ベース デュオ』がありました。これがもう一つの目的でした。私は隣の部屋で聞いていました。

ピアソラから始まって、トルコ音楽を挟んだ曲、三味線奏者を偲ぶという三味線の全ジャンルを彷彿させる演奏などなど、おまけにGのお気に入り『チェ・タンゴ・チェ』まで。

Gは「心の恢復」が出来た収穫を伝えて、今週末のライブ参加を釧路の配偶者にすすめていました。

 

プログラムの前にレクイエムが演奏されました。

黒いラブラドールのおじさんは12才でした。

共に生きているから仲間

友だちと友だちの友だちとも一緒に遊びます。

 

Gの呟きです。

『甦れ蒼い北の海』はO先生の退職記念誌の表題にも使われたものです。O先生が開校記念の周年事業として書家のN氏に依頼し書いていただいたものです。額装された作品も立派ですし、創作された経過やテーマに深いものがあります。

O先生は「ごつい」、見るからに「力」を感じる先生でした。しかし、教育が共育であることを知っておられました。25年前、『おい、G。俺はこう思うんだよ。』と渡されたのが下記のメモでした。「心理主義」と批判することは容易なことです。今も大事に持っています。

 

<子どもの遊びの集団で、いつも泣く子がいた。その泣き虫っ子が今日も転んで泣いている。

こんな場合どうするか。

一つはだまっておこしてやる。又一つは『さあ おきなさい』と激ましてやることか。

ところがある女の子が泣き虫のそばへ行って自分も転んだ。そして泣き虫の顔をみてニッコリ笑う。泣き虫もニッコリ笑った。目に一杯涙をためて。そこで女の子が言った。『起きようか』と、すると泣き虫は『うん』とうなずいてそのまま起き上がった。

なんとすばらしいやり方であろう。

転んで泣き止まぬ子のそばに自分も転んで相手と同じ世界に入りともども決心して『起きようか』とさそう。

それは命令でもなければたんなる激励でもない。それは相手との苦しみの共感であり相手とともに生きることである。

こんな教育ができないものだろうか。>

 

一緒にいるから仲間なんじゃなく、一緒に生きているから仲間なんだ。

 

鈍色の海から

鈍色(にびいろ)と鉛色(なまりいろ)とはどんな違いがあるのかな。

鼠色と灰色とgreyと薄墨色…

Gはこれらの色が好みです。

 

『鈍色の海から』は先輩の勇退記念誌の表題のようです。時々読み返しては考えるのを見かけます。『甦れ蒼い北の海』の時もあります。

 

新しい情報<ザンビアに花咲く種~障害児学級のチャンダ先生~>にも頷いていますが。

 

『海峡の空 国境の海』を背景にウミネコたちと私です。